教会財政を考える

 いつの時代でも何をするにもお金はかかる。キリスト教会もしかりである。神が全部備えてくださるから何もしないで委ねて待つばかりというのは、一つの考え方ではあるが、無責任で不信仰だと思う。主は私たちが喜んで捧げたものを用いて下さるお方だ。

 ところで日本のキリスト教会は多くの場合規模が小さい。特に地方になると20人以下のところが多い。このような教会では十分な牧師謝礼を支払うことは難しい。50人以上の教会でも厳しいと思う。

 では小さい教会だと地域で生き残る事が出来ないのか?決してそんな事はない。小さい教会は小さいなりに知恵を使い、主の恵みの中でそれぞれが受けた賜物、能力を発揮していけばそこそこやっていける。福音宣教と社会的責任を果たしていけるのだ。

 本庄キリスト教会の例を上げたい。まずは牧師の自給自活伝道の姿勢だ。少ない謝礼でも生活できるように道を切り開く。私は4月で64歳になるが、50歳までは企業で働きながら伝道牧会をしてきた。結婚式伝道12年もかかわった。最初から自給伝道者として生きる道を決めていたので会社も辞めなかった。今、少しではあるが年金があるので謝礼が少なくても生活は出来る。主管牧師を辞めても健康で働ける間はライフネットいかっこの働きから収入を得たいと考えている。また一般社会に出ると社会勉強になるので視野の狭い牧師になりにくい。パウロの自給自活伝道の姿勢について聖書的根拠を知りたい方は「パウロの選択」矢島徹郎著書(いのちのことば社)を読んで欲しい。

 次に皆が自分たちで収入を増やす例として本庄教会の取り組みを紹介する。食事婦人会は日曜日お昼においしい料理を作ってくれる。ここから生み出される収入がまとまった額の感謝献金となる。ライフネットいかっこは貰った野菜をミニバザーで販売する。この中から感謝献金がある。また、ちいろばは被災地支援や各種販売を通して得た手数料利益の中からコイノニア基金や会堂備品献金している。

 実に小さい金額の積み重ねによって本庄教会は持ちこたえているのだ。この他にも出来る事はあると思う。面白がって楽しくチャレンジしてみたらアイディアは生まれる。献金が少ないと嘆いていても前に進めない。(吉田孝)