使徒パウロの生き方から学ぶこと

盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。むしろ労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。エペソ人への手紙4章28節(新共同訳)

 先日近くの川を散歩していたら「キセキレイ」がいた。セキレイの仲間であざやかな黄色が特徴の野鳥だ。見ているだけで嬉しくなる。戦国時代の武将もセキレイの「すばしっこい動き」に憧れた。あの伊達政宗の花押(サイン)もセキレイである。

 さて、今日はパウロ書簡エペソ人への手紙から考えたい。手紙の前半は教理、後半は信仰の実践部分である。冒頭のみことばは、新生したキリスト者の生き方に対する勧めで、今後は盗むなと命じ、働いて正当な収入を得る様に、更には困っている人々に分け与えるようにとまで勧めている。

 この聖句を今まで何回も読んだが大切なところを見過ごしていた。今迄この箇所から牧師のメッセージを聞いたことはない。困っている人に分けるという事は重要視されていなかったのかもしれない。私は隣人愛の一環として生活弱者に対し食料や物品の提供、その他様々な生活支援をしているが、「伝道にどれだけメリットがあるのか」「 人に評価されたくてやっているのではないか」「自分を誇るようになるのではないか」「援助を受ける人が自立しないのではないか」の声もある。

 使徒パウロはキリストの福音宣教に命を懸けた。しかし彼は言葉だけでなく、隣人愛の実践を普段の取り組みの中でしていた事を忘れてはならない。その根拠としてパウロはガラテヤ2:10で、「貧しい人を顧みる事について大いに努めた」と述べ、Uテサロニケ2:17・3:13、テトスやテモテへの手紙では「良いわざ」に励むよう何回も信徒たちに勧めている。私自身がパウロの生き方を通して「良いわざ」に生きているかどうか、自分の生き方をもう一度点検したい。
                                    (牧師 吉田孝)