超高齢社会の生き方

そして、あなた方のうちにある希望について説明を求める人には、誰にでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。ただし、優しく、慎み恐れて、また正しい良心をもって弁明しなさい。そうすればキリストにあるあなた方の正しい生き方をののしる人たちが、あなた方をそしったことで恥じ入るでしょう。第一ペテロ3:15〜16

先日家の近くを散歩していたらモズの甲高い鳴き声を聞いた。気持ちがうれしくなった。10月になるとモズが里に下りて来る。秋本番になった。

さて本庄キリスト教会では9月11日に敬老祝い会を行った。私たちの教会では80歳以上の方が8名おられる。実に感謝な事である。70歳以上は10名である。60歳以上は7人が続く。私もいつの間にか62歳である。これだけの高齢の兄弟姉妹がいるのは実に幸いである。超高齢社会の日本にあって超高齢の教会である。この世代が教会の信仰や財政を支えている。

では我超高齢教会が信仰を次世代に繋げてげていくにはどうしたらよいか。冒頭の、みことばが手掛かりになると思う。キリスト者は生き方が問われる。それはどんな厳しい中にあってもキリストにある生き方 を通してキリストの心に従う生き方である。

キリストの声を聞き、キリストの心を優先して生かされていけば、次世代への広がりは確実に期待できる。逆に聖書のみことばに、プラスアルファをつけるパリサイ人的キリスト教ならば「固い、暗い、つまらない」信仰となり教会は自分たちの役割・使命を果たすことができず数十年後には消えていく。しかしキリストの心を心として「明るく・元気で・のびのびと」生かされれば、人は集まり、キリストの救いを受け自分の人生を生きる事が出来る。

今、先が見えない超高齢社会にあって、私たちは、神の家族として、互いに助け合い、キリストの御声を聴き、聖書の著者が意図する聖書の読み方をして聖霊により力を受け誠実に生きたいと願う。(吉田孝)