新しい年を迎えて

新しい歌を主に歌え。全地よ。主に歌え。主に歌え。御名をほめたたえよ。日から日へと、御救いの良い知らせを告げよ。―詩篇96:1〜2

2015年が始まった。今年も元旦礼拝で讃美歌21の368番を賛美した。毎年思う事だがこの讃美歌のような生き方をさせていただきたい、また半歩でも一歩でも近づいていければとかみしめながら、もう一度、詩を味わいたい。

1 新しい年を迎えて 新しい歌を歌おう なきものをあるがごとくに
  呼びたもう 神をたたえて 新しい 歌をうたおう

2 過ぎ去った 日々の悲しみ さまざまな 憂いはすべて キリストの
  み手にゆだねて み恵みがあふれるような 生き方を 今年はしよう

3 みことばに励まされつつ 欠け多き 土の器を 主の前に すべて捧げて
  み恵みが あふれるような 生き方を 今年はしよう

4 自分だけ 生きるのではなく みな共に 手をたずさえて み恵みが
  あふれる国を 地の上に来たらすような 生き方を 今年はしよう

主をほめたたえる、主を礼拝する事こそ私たちの大きな努めであり、祝福である。日々の悲しみや憂いは日常茶飯事である。しかしどんな時にも我らの救い主をほめたたえていきたい。

私たちには、主イエス・キリストにあって希望がある。この地上の生涯においてそれぞれに与えられた役割が終われば、主の御許に行くことが出来る。願ってやまない新天新地。そして神ご自身が目の涙をぬぐい取ってくださる(黙示録21:1、4)その前には千年王国の希望がある(黙示録20:1〜6)

この終わりの時代にあって足を地にしっかりつけてキリストの証人でありたい。但し私たちは、どこまでも欠け多き土の器(Uコリント4:7)であることを忘れてはならない。みことばに励まされつつ、キリストの体の各器官として共に手を携えて生かされようではないか。