私たちの齢

私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。
しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。
それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。―詩篇90篇10節

今年も敬老祝いの礼拝を捧げることができ感謝でした。私達の教会は80歳以上の方(8人)に記念品を差し上げお祝いしています。毎年心がけているのは翌年のカレンダー(華のしらべ)を必ずお付けする事です。それは来年も元気でいて下さいとの願いを込めているからです。今年は特に皆さんに喜んでいただき私達も感謝でした。願わくは、来年も元気に歩んでいただき若い人たちの模範になってほしいと願っています。

さて聖書をみると創世記に登場する人々の年齢は900年以上である。しかし、ノアの大洪水以降、地球環境や様々な激変により人々の年齢は徐々に短くなっていく。アブラハムの時代になると175年になっている。更に詩篇の記者は「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。」と告白している。日本でも一昔前まで人生50年と言われたが、戦後平均寿命は長くなった。なんと男性80歳、女性86歳である。

これを自分自身に適用してみるとあと20年の地上生涯である。もっと短いかもしれないし、長いかもしれない。結論は誰もわからない。しかし長さも大切だが、人生の中身はもっと大切である。詩篇の記者の様に、労苦とわざわいが実に多いのが人生である。如何に一日一日を主の前に生きるかが問われる。そこで思い浮かべるのはノアの生き方である。創世記6:8に「しかし、ノアは、主の心にかなっていた」とある。彼は乱れきった世の中にあっても、主を見上げ、主の恵みを十分に得て信仰の生涯を貫いたのである。そして長い期間、箱舟を造り続け主の約束を待ったのである。

私たちはいつまで生かされるか誰もわからない。それ故一日一日を大切に主の前にも人の前にも誠実に生きるべきではないだろうか。(牧師)